BLENZ
[ 2009.06.13 ]
Like a Butterfly / 蝶のように
恩師の逝去から、やはり、しょっちゅう、寂しくなります。
いけない、いけない。
わたしは、長いこと、「死」は、決して「癒し」が失敗した結果ではないと思ってきたのです。癒されて旅立つ方の、なんと多いことでしょうか。
「死」は、旅立ちでしかありません。いる場所が変わるだけで、いなくなるわけではないのですから(と、わたしは思うわけです)。
とは思うものの、ここの先は行ったことのない場所ですから、残された側はどうしたって悲しいのです。
それで、いいのだと思います。充分に悲しもうとも思います。
しばらくは。
ですが、旅立つ方は、どうなのでしょう。異なる意識をもって、この世を去るのではないでしょうか。
たまたま、人は亡くなっても魂は残ると信じている家庭で育ったので、わたしがそう思うだけでしょうか。どうも、それだけでは、ない気がします。
臨死体験をした方は、皆さん「戻ってきたくないほど、美しい場所にいた」と述懐しますよね。
立花隆の労作「臨死体験」(文春文庫)など、その例が網羅されていました。
どなたかが亡くなると、「その人の魂が蝶になって飛び立つ」というイメージをもつようになりました。
それは、エリザベス・キューブラーロスという医学者の著書(絶筆でもある)「人生は廻る、輪のように」(上野圭一訳、角川書店刊)にあった、死にゆく子供に彼女が書いた手紙から得たイメージです。
自分に、それを今、いい聞かせたいので、書いてみます。
◆ ◆ ◆
地球に生まれてきて、あたえられた宿題をぜんぶすませたら、もう、からだをぬぎ捨ててもいいのよ。
からだはそこから蝶が飛び立つさなぎみたいに、たましいをつつんでいる殻なの。
ときがきたら、からだを手ばなしてもいいわ。
そしたら、痛さからも、怖さや心配からも自由になるの。
神さまのお家に帰っていく、とてもきれいな蝶のように、自由に......。
◆ ◆ ◆
宿題がすむまで、たいへんでも、生きる。
それが、わたしたちの仕事でもあります。
そのことも、書いておこうと思います。






