Music Diary
[ 2001.12.16 ]
ビョークの海に沈みながら
(今回のダイアリーを、RH に捧げます)
12月7日、東京国際フォーラムホールC付近には、最終日ということもあって、ダフ屋が10人とすると、その3倍は「切符が余っていたら譲って下さい」というプラカードを掲げたファンが立っていた。
幼稚だけれど、そんなとき、私は自分が「音楽ファン」だったころの心境にすぐ戻る。できれば自分のティケットを細かくちぎって、みんなに分けたいという夢想をもって席に座った。だからコンサートのプロローグが私の夢想と絡み合い、天井から氷片を模したプラスティックが振ってきたとき、それが一瞬細かくちぎられたティケットに見えたのだった。
ビョークはコンサートの始まりに、空から舞う氷の破片の中に一人立ち、オルゴール音をバックに自らもまたかごの中から氷を地上に降らせてコンサートを始めた。ネイティヴの男性が着るようなデザインの純白の衣装に、白いフリンジのついたブーツ。彼女は氷を降らせ終えると、暗転した舞台で独り椅子に座って、他のミュージシャンの出を待った。それは彼女がそれから展開した、今までで最も私的で深遠な物語の序章だった。
ビョークはこのコンサート・ツアーを、こんな風に語った。コンサートに先立って行われた、クローズドでちょっとスノビッシュな記者会見でのことだ。(そのときの彼女は白いワン・ショルダーのドレスを着て、ストッキングも白、パトリック・コックスのミュールも白という出で立ちだった。そしてバッグはフクロウの形をしていて、ビョークはそれを大事そうに脇に置いた。)
「『ヴェスパタイン』は、自分のエゴをできうる限り消して作ったアルバムです。だからステージに個性の強いミュージシャンを上げるわけにはいかなかった。そこで矛盾するようだけれど、オーケストラ(東京フィルハーモニック・オーケストラ)とアイスランドからの13人のコーラス、それにハープ奏者と、ノイズ&プログラミングを担当するマトモスという2人組と音を再現することになった。今までで最もミニマルな作品のライヴ化に、74余名が必要だったとはね。大衆には顔がないわ。顔の見えない音が今回は必要だったの。パラドックスのようでもあるけれど、私の中に矛盾はないわ」
しかも中規模のホールを選んでの今回のツアー。ビョークはあえて自分をスポットライトで照らすこともしなかった。
客席の中で鳴っているかのような間近なオーケストラの弦の重なりの中に沈むようにして、私はビョークの世界に引きずり込まれていった。それはビョークの音楽の海に沈みながら、そこから首だけ出してビョークの歌声を聴いているような、不思議な音楽との位置関係だった。
ビョークの歌声にはデビュー時から不思議なフォース(力)を感じてきたけれど、今回はそれがシャウトしてもささやきであっても、ボリュームとは無関係に威力をもっていることを知った。彼女の歌は聴く者を「ヒドゥン・プレイス」にいざない、その秘密の場所とは1幕は氷の国、2幕は海底の活火山付近のようでもあったが、それは彼女の純白の衣装/真紅のヒトデのようなドレスと、スクリーンに映される氷/深海生物の映像がもたらした効果なのであって、その裏には更なる異界が広がっていることを感じた。
その世界を今はんすうしながら一言で言うとしたら、魔の世界だろうか。ビョークは歌いはねるときは無垢な童女のようでもあり、あの映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のセルマになり、老齢のネイティブの語り部のようでもあったが、ごくわずかの優れた歌手がシャーマンのように天の力を我が身に受けて物語になりきるというのとはちがって、彼女がはっきりと醒めていることは見ていても解るのだった。
それを悪いと言っているのではない。パフォーマーとして、醒めていることは(何割かという割合にもよるが)必要なことだ。私にもこのコンサートは、2001年のベスト3に入る感動をもたらした。ただ、緻密な構成、練られた音楽、曲順が(キーやストーリー展開のつながりが)佳いという細部が完璧であればあるほど、そうではない別の力によって私が「音の海に沈んでいく」のだということを実感したのだ。
私は何か解らないものがあると、それは何だろうと目をこらしてみるくせがある。そしてそれに惹かれる。私は彼女がデビューしてきてから、ずっとそんな目で、彼女を見てきた。そして今回思った。
ハープが鳴り、オーケストラが美しく響き合えばあうほど、そこは聖なる天上の世界ではなく、魔の世界だった。魔の世界でいいのだ。私はその場所に居ることを心地よいと思い、進んでその世界の捕らわれ人になった。
パンクという破壊の精神から出発したシンガー、ビョークは、形を変えより成熟した美しい衣装を音楽にまとわせていたが、その音楽の破壊と再生の威力は以前とは比べものにならない大きさをもっていた。
ビョークは歌いながら、壊していた。万華鏡の中にオルゴール、ハープとノイズとオーケストラを入れて、きわどいバランスで音楽ができあがると、絵を回してはその音楽を壊してしまった。これは私のおもちゃだから、誰にも実際には触らせない、とでもいうように。
彼女がヴィデオ・クリップで見せたように、自らの皮膚を針で刺すことは、(精神的に今もパンクである)彼女にとって大切な/古い自傷行為なのだけれど、この『ヴェスパタイン』の音楽はすべての傷を癒すように作られているようでいて、それ自体が巨大なピアスだった。
だから、聴いた者に刺さって、とれないのだ。
そして痛みは、ある種、心地よいものだ。
ビョークが言った。
「『ヴェスパタイン』では繭を作ることも書いた。逃げ場所のような、天国を。たとえ作り物だって解っていてもね」
件の記者会見で、私の質問の番が来たとき、ビョークのフクロウのバックの中の携帯が鳴った。彼女は迷わず、電話をとった。そして甘える声で、「今記者会見中なの」と言った。もしそれがマドンナだったら、きっとやらせでもっと濃密なラヴ・シーンを演じて見せただろう。でも、ビョークの行動も、「自然」ではなかった。相手は「秘密の場所」にいる恋人に違いなかった。
コンサートでビョークは歌った。
「今度こそ、私は彼を愛してる。彼を愛してる」
すると故郷アイスランドから連れてきたコーラスが、囁きを重ねた。「そうよ、彼女はあなたを愛してる、愛してる」
私は心の中で願った。彼女の愛が、彼と彼女自身を傷つけませんように。
私は、聞いた。あなたのフォースフルな声は、どこから来るものだと思いますか。ビョークは、携帯に出ても怒るわけでもとまどうわけでもない私に笑いかけて、真剣に考えていた。
「学校の行き帰りに、大きな声でいつも歌っていたことは確か。でも、家族の誰も私以外は歌わないし。一体、どこから来たのかしら」
彼女は故郷アイスランドで、11歳のころにはすでに国民的な歌手だった。その彼女がパンクの時代を経て、徐々に独自性を獲得し、「セルマ」を演じたことで、今また大きな音楽的な成果を手にしていた。彼女ほどノイズを美しく、強く、繊細に音楽化できる人は他にいなかった。そして心の痛みも、同様だった。
ビリー・ホリデイを書き始めてみて、おぼろげながら私にもビョークの音楽がどこから来るものか、見当がつくようになった。それは彼女の「傷」から生まれた音楽だった。20世紀末の深い「傷」を歌にする才能をもったことで、ビョークは今日も多くの聴き手を癒していた。
その声を必要としている人の多さに、ビョークは今日も「内気」さを深めるのだった。

スタッフ一同より、あなたの平和であたたかなクリスマスをお祈りしています。
左から高橋賢治さん、佐藤一雅さん、私、橋本玲子さん、
大倉寛之さん、中浜正己さんです。









