Music Diary

[ 2006.09.30 ]

ダイアナ・クラールのビッグバンド共演作

 ダイアナ・クラールの新作『フロム・ディス・モーメント・オン』が、ザ・クレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストラ(以下CHJO)との共演で届きました。しかもファンお待ちかねの、スタンダード集なのです。

 前作『クリスマス・ソングス』からほぼ1年ぶりのリリースで、CHJOとの共演も前作に引き続いてのことだから、息もぴったり。ビッグバンドとともに聴かせるスウィングと、スタンダードが元来もっている歌心にフォーカスしたアルバムになっています。

 今作のプロデュースにあたったのは、ダイアナ自身と、彼女の育ての親ともいえるトミー・リピューマです。リピューマは、ヴァーヴ・ミュージック・グループの会長となった現在でもダイアナの作品は自身で手がけていますが、2001年のジャズ・コンベンションに揃って来日した際、ダイアナの歌をこう誉めていました。

「ダイアナのよいところをひとつ挙げるとしたら、歌詞を汲み、大切に歌うところだ。彼女は歌詞を、まるで宝石かなにか貴重な品を扱うように、大事なものとして口にのせて歌う。そのアティトゥードが、歌がもつストーリーを、聴き手に伝えるんだ。それが多くの方たちが、ダイアナが歌うスタンダードを愛する所以だと思う」

 そのストーリー・テラーとしての実力が、この新作で発揮されています。数えれば、録音エンジニアのアル・シュミットをふくめた3人の黄金チームによる、第10作目。満を持しての『フロム・ディス・モーメント・オン』なのです。

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 ダイアナ・クラールに音楽的な一大転機がおとずれたのは、2004年12月の結婚がきっかけでした。夫がイギリスが生んだ鬼才、エルビス・コステロとあっては、影響を受けない方がおかしいですよね。当時のダイアナは、彼の音楽的な魅力こみでほれたと、思い切りのろけていたものです。

 そして作ったアルバムは、夫妻が作曲から全面的に協力しあった『ザ・ガール・イン・ジ・アザー・ルーム』で、オリジナル曲ばかりの選曲でした。そのアルバムを貫く作風が、意外なほど賛否両論をよんだんですね。ダイアナが初めて、まっこうから人生のダークサイドをとりあげていたうえに、歌い方も姐御肌になったというか、パンチが効いていたからです。少しハスキーなシルキー・ヴォイスは変わらなかったけれど、以前のグッド・ガールなイメージを脱却した作風だったんです。

 デビュー時から彼女を知り、そのオフの顔も知っているわたしにとっては、彼女は裸の自分を表現したにすぎず、それはジャズに携わる者にとっては当然の変化だと思えました。ダイアナには、もともといい子ちゃん的なところはありません。実際のダイアナはカナダ、ブリティッシュ・コロンビア州ナナイモ生まれらしい、自然児的な魅力のある人で、気質的にはボーイッシュでさっぱりしています。その故郷でジャズ愛好家の父親と温かい家族のもと、伸び伸びと育ったひとですから。

 メジャー・デビュー後は、歌とピアノの腕に加え、ルックスにも恵まれていたものだから、名声とともに、スタンダードとグッド・ガールなイメージが手を組んで世界へ広がっていきました。

 ところが、です。女性は、物心ともに支えてくれるパートナーができると、がぜん強くなります(いいことです)。独自性を大事にする伴侶をえて、初めて自分自身をだしたのが『ザ・ガール・イン・ジ・アザー・ルーム』でした。

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 では、前作のクリスマス作と今作が、彼女を以前の路線に戻すものかといえば、それは違います。ちょっと気をつけて聴いてみると、この2作ではダイアナの歌い方に変化がみられることがわかるはず。より自然体に、より歌の世界にはいりこんだ歌唱からは、成熟と自信と真剣さがないまぜになって聴こえてきます。彼女が言っていた。

 「わたしは、ジャズは時の流れのなかで変わっていくものなんだと思ってる。『ジ・ガール・イン・ジ・アザー・ルーム』も、わたしが考える今のジャズを歌ったつもり」 そう、everything must chage。いつも現在進行形で前に進もうとするダイアナを好ましく思っているのは、わたしだけではないでしょう。

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 ジョン・クレイトン(b)?ジェフ・クレイトン(as)?ジェフ・ハミルトン(ds) が率いるビッグバンド、ザ・クレイトン・ハミルトン・ジャズ・オーケストラとの共演にも、実は歴史があるそうなんです。ダイアナに語ってもらいましょう。

 「ジョンとジェフ・クレイトンとは、実は19歳のときから知っているから、まるで兄弟のような仲なの。音楽的にはもちろんのこと、人間としても理解しあっているから、アルバム作りでもありがたかった」。97年「アメリカン・ヘリテッジ・ジャズ」ではともに来日し、日本全国をツアーしたから、実際に共演ライヴを見た方もあると思う。

 その旧知のCHJOに、またこれも前作同様、ダイアナのレギュラー・グループのメンバーである、ギタリストのアンソニー・ウィルキンスが加わっています。刻みがうまいアンソニーの起用も、ダイアナの常のグルーヴが保たれるための工夫のひとつ。

 このように、ファミリーともいえる仲間たちに囲まれてレコーディングされた『フロム・ディス・モーメント・オン』。いつもは自然体でも、こと演奏となると完璧主義のダイアナだから、彼女自身がリラックスできるメンバーを揃えたのは大正解。彼らとだから生まれた、楽しくも豊かな気が、アルバムを満たしています。そして歌がさまざまな物語を携えて魅せてくるのは、スタンダードが元来もっている力と、ダイアナの献身があいまった賜物なのです。

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 今作ではスタンダード、つまりミュージカルや映画を出典とし、永きにわたって愛されてきたアメリカン・ソングブックから楽曲が選ばれました。まず大半を占めるビッグバンドとの共演曲から、少しご紹介しおておきましょう。

 冒頭の〈イット・クッド・ハップン・トゥ・ミー〉はジョニー・パーク作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲、44年パラマウント映画「And the Angel Sing」(日本未公開)の主題歌です。恋が叶った喜びを歌う歌で、オリジナルは映画で主演したドロシー・ラムーアとフレッド・マクマレーが歌いました。ダイアナは自身のピアノとアンソニー・ウィルキンスのギターで親密な雰囲気をつくりあげ、ゆったりと歌います。間奏からエネルギー量をあげダイナミックな演奏を聴かせるCHJOの力量といい、ゴージャズさと楽しさがこのアルバムのオープニングにふさわしい出来。

 〈イズント・ディス・ア・ラヴリー・デイ〉はアーヴィング・バーリンの作詞・作曲。「雨でもあなたが側にいてくれれば、いい日だわ」と歌います。秋は意外に雨が多いから、今の季節に聴くと、ピッタリの気分。ダイアナはヴァースから歌いはじめ、トロンボーン?トランペット?テナー・ソロと、腕利きミュージシャンを擁するCHJOらしいバッキングがいいんです。スロウで歌うダイアナが、成熟度をあげているのがわかるテイクです。

 〈カム・ダンス・ウィズ・ミー〉では、CHJOの真価が発揮されます。彼らをモダン・ベイシーと呼ぶ人もあるくらいで、ここではサミー・カーン作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲、フランク・シナトラの十八番だったナンバーを、ダイアナのグルーヴ感を盛りあげながら、聴き手を踊りたい気分へといざなうのです。

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 一方、コンボによる3曲も、ダイアナの歌とピアノ、各メンバーのプレイがたっぷりフィーチャーされ聴きごたえ充分。ジミー・マクヒュー作曲、ドロシー・フィールズ作詞のスウィンギーな〈イグザクトリー・ライク・ユー〉は、クレイトン(b)、ハミルトン(ds)、ウィルキンス(g)とダイアナのピアノとで、インティメイトな雰囲気をたたえています。

 ガーシュウィン兄弟によって書かれた〈アイ・ワズ・ドゥーイング・オーライト〉は、ダイアナのきっぷのいい歌が、その新境地を伝えてきます。
 そんな11曲に、ハロルド・アーレン作曲、アル・ダービン作詞の〈ブルーヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス〉がインターナショナル向けボーナス・トラックとして加えられました。

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 シンガー&ピアニストとして、ダイアナ・クラールも、これからが第2幕でしょう。「これからよ!」という意味がこめられた『フロム・ディス・モーメント・オン』なのだと、わたしは感じているのです。

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ダイアナ・クラール
「フロム・ディス・モーメント・オン」

ユニバーサルミュージック
UCCV-1095
2006年08月31日発売


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