Music Diary

[ 2006.10.31 ]

ハリー・コニック,Jr.とブロードウェイ

 ハリー・コニック,Jr.が主役をつとめたブロードウェイ・ミュージカル「パジャマ・ゲーム」が、第60回トニー賞、最優秀リバイバル・ミュージカル作品賞を獲得しました。最優秀振りつけ賞を、演出を手がけたキャサリーン・マーシャルが受賞し、ダブル受賞でした。

 折しも発表と授賞式がNYのラジオシティ・ミュージック・ホールで行われた6月11日は、2006年2月からスタートし好評を続けた「パジャマ・ゲーム」の最終日。残すところ17日までのチャリティ・ショーだけという、佳境での受賞でした。言うまでもないのですが、トニー賞はアメリカ演劇界で最高の栄誉です。関係者の喜びようといったら、大変なもの。この新作『ハリー・コニック・オン・ブロードウェイ、アクト1』が作られたときにはまだ受賞は「夢」でしかなかったのですが。

 ハリーとブロードウェイとの蜜月は、01年9月に公開された「ゾウ・シャル・ノット」が発端でした。彼は熱心に企画から取り組んでいましたが、作詞・作曲家としての参加だったから、彼自身がブロードウェイの舞台に立つのは「パジャマ・ゲーム」が初めてのことでした。

 ハリーはその「ゾウ・シャル・ノット」でも、実は02年トニー賞にノミネートされています。そのときは、シアターのためのオリジナル・スコア賞、つまり作詞・作曲家としてのノミネートでした。

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 さて、『ハリー・コニック・オン・ブロードウェイ、アクト1』と題されたこの2枚組のアルバムは、その2作品にスポットライトを当てたものです。「パジャマ・ゲーム」を舞台でも共演したケリー・オハラをはじめとするオリジナル・キャストで。そして2枚目の方は、出演はしなかった「ゾウ・シャル・ノット」のために書き下ろしたオリジナル楽曲を、初めて自ら歌ったものです。デュエット曲にやはりケリー・オハラを迎え、演奏はハリーのピアノ、チャールス・"ネッド"・グールドのサックス、ベースはニール・クレイン、ドラマーはアーサー・ラテン・世という、ハリーのビッグバンドの生え抜きメンバーによるクァルテットに、一部ストリングスを加えた編成。メンバーからも、音楽からも、満を持してのレコーディングだということが伝わってくるではありませんか。

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 「パジャマ・ゲーム」から話を始めましょう。今回の公演は、1955年度にトニー賞を受賞したこのミュージカルの、リバイバル公演でした。

 舞台は、アイオワのパジャマ工場。シカゴから赴任してきたばかりのハンサムな工場長が、ハリーが演じたソロキン。組合の女性リーダーが、ケリー・オハラが演じたベイブ・ウィリアムスです。2人が恋に落ちるには時間はかかりませんでしたが、2人の間には賃上げ闘争の「7セント半」問題がありました。

 タフなキャリア・ウーマンでもあるベイブは、パジャマ工場のヒューズを故意にとばし、仕事を遅延させたかどでソロキンに解雇されてしまいます。でも恋のハッピーエンドは、「7セント半」の勝利でもあったという、時代を反映したコメディ・タッチのラヴ・ストーリー。

 原作は、脚本を(ジョージ・アボットと)手がけたリチャード・ビッセルの「7セント半」。54年のオリジナル公演は、作詞/作曲のリチャード・アドラーとジェリー・ロスにとってデビュー作でした。その上、その後のミュージカル界を大きく変えたボブ・フォッシーも、この「パジャマ・ゲーム」で振付家デビュー。3人の偉大な才能を世に送り出して、このミュージカルは55年トニー賞の作品賞、脚本賞、オリジナル・スコア賞、振り付け賞、制作者賞、助演女優賞(キャロル・ヘイニー)という7部門を独占したのでした。

 映画も58年に公開されましたが、ジョージ・アボットとスタンリー・ドーネンが監督とプロデュースを担当。映画「パジャマ・ゲーム」ではドリス・デイがベイブ役を演じ、他の出演者はキャロル・ヘイニーほかブローウェイ・キャストが起用されて、その達者なダンスと演技で魅せたのです。

 こちらはわたしもDVDで見ることができましたが、カラフルな衣装が大変かわいいいうえ、キャラクターがはっきりしているので見やすく、とても楽しいラヴコメでした。それにキャリアをもった女性の恋は、今も変わらぬ関心事。工場をあげてくり出すピクニックでのフォッシーらしい群舞が見事で、特に印象に残っています。

 ハリーが出演した2006年版では、フォッシーの振り付けが演出家でもあるキャサリーン・マーシャルによって変えられたことが一番の大きな変更点。あとは時代も場所もオリジナル通りで、パジャマ工場という今では夢物語のような設定もミュージカルならではのもの。2月から6月までアメリカン・エアラインズ劇場で続いた公演で、多くの観客を魅了したのでした。

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 ハリーは、ブロードェイ初出演とあって、当初「ぜひ成功させたい。長丁場ではあるけれど、もともとジャズをやってきたぼくだから、毎ステージで何か新たなことを見つけるのは得意。お客様に楽しんでもらえるような舞台にするよ」と意気込みを語っていました。

 ダンスはハリーにとって、初の試み。ワークアウトもしっかりやって、結果、フィナーレでパジャマのズボンだけで(袖ナシの肌着も着ていたが)登場する時には、がっちりした体躯も披露していました。

 そのパジャマの上だけを着てフィナーレに立った相手役、ベイブを演じたケリー・オハラは、今ブロードウェイで最も注目されているミュージカル女優。

 オクラホマ州エルク市出身、オクラホマ・シティ大学で声楽を修め、声と容姿ばかりか幸運にも恵まれて、01年に「ジキルとハイド」でブロードウェイ・デビュー。04年から05年まで公開されたミュージカル「ドラキュラ」でもルーシー役を好演。05年のシーズンには「ザ・ライト・イン・ザ・ピアッザ」のクララ役を演じ、毎シーズン声がかかるミュージカル女優として注目を集めています。

 そんなケリーにとっても、このベイブ役はぜひつかみたい役だったそうで、オーディションに参加して手中にしました。彼女の澄んだ歌声が、ハリーの甘く、最近とみに男らしさを増している歌声にあうことは、このディスクを聴けば、すぐにわかります。

 このディスクで歌われるのはミュージカル通りの順番だと思のですが、〈オーヴァチュア〉のあと、パジャマ工場で時間と競争してミシンをふむ、その忙しさを表した〈レイシング・ザ・クロック〉。ソロキン役のハリーが工場に赴任して歌う〈ア・ニュー・タウン・イズ・ブルー・タウン〉。ハンサムな新工場長に女性たちの熱い視線がそそがれるなか、「まさか、わたしは恋なんてしていないわ」とケリーが歌う楽しいワルツ〈アイム・ノット・イン・ラヴ〉。ハリーが恋心を甘く歌いあげる〈ヘイ・ゼア〉での熱唱が続きます。

 工場をあげてくりだすピクニックで歌われる〈ワンス・ア・イヤー・デイ〉の、とびきりの楽しさ。ソロキンとベイブが2人になったときに、「話すよりもっと大事なことがあるでしょう」と歌い、主役2人がからむ〈スモール・トーク〉もこのミュージカルの代表曲のひとつですね。〈ゼア・ワンス・ワズ・ア・マン〉は、恋を獲得した勝利の歌。勇ましい歌なんですよ。

 ところが、世の中そううまくいくものではありません。賃金闘争の7セント半をはさんで、2人は立場は対立するんですね。〈ザ・ワールド・アラウンド・アス〉はハリーが歌うバラードで、切ない胸の内を歌ったもの。またケリーが歌った〈ヘイ・ゼア(リプリーズ)/イフ・ユー・ウィン・ユー・ルーズ〉も素晴しい表現で、2人の声が重なるとき、胸に迫るものがあります。と、このミュージカルの楽しいエネルギーがよく伝わってくる楽曲ばかり。

 ハリーの歌をもっと聴きたいですって? はい、それは2枚目のディスクでたっぷり聴けますから、ご安心を。

 その前に、ハリーがケリーとともに、どうトニー賞受賞を祝ったかを書いておきましょう。この2枚組のCD発売と重なったので、タワーレコードに赴き、サイン会をし、翌日の仕事のために早くに帰ったというのです。

 ハリーは、「ぼくは賞自体に心を動かされることはないのだけれど、娘たちが起きて待っていてくれ、喜んでくれたのがうれしかった」と語っていました。ま、実に真面目な、音楽一筋の男なんですね。

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 では、ここからは2枚目の「ゾウ・シャル・ノット」についても書きましょう。

 このミュージカルはエミール・ゾラの小説「テレーズ・ラカン」を原作に、スーザン・スロトマンが振り付け、ハリーが全面的に音楽を手がけ、01年10月からブロードウェイで上演されました。開幕の時期が、あの9.11同時多発テロの直後であったため(アメリカ中がミュージカルどころの騒ぎではありませんでした)、またストーリーが一風変わっていたので観客の受けがいまひとつで、短期間でショーをクローズしています。

 そう、「ゾウ・シャル・ノット」はこんな悲恋物語なんです。(以前にも書きましたけれど、もう1回書きますね。)夫のある女性が、恋に身をこがし、恋人と語りあって夫を殺害してしまいます。ところが、その夫が亡霊になってこの世に戻ってきたから、ただではすみません。最後には恋人たちが、おたがいを殺しあってしまうというストーリーなのです。暗!

 ゾラの原作だから一筋縄ではいかないのは承知の上だけれど、どうもこのハナシは個人的には好きになれません。でも、ハリーが書いた楽曲は興味深く、聴きごたえ充分です。ハリー自身、この作品に対する思い入れは並大柢ではなく、まず自身のレーベル、スウィング・ミュージックから02年5月にオリジナル・キャストで米リリース。また兄貴分であるブランフォード・マルサリスが主宰するマルサリス・レーベルから、『アザー・アワーズ?コニック・オン・ピアノ1.』と題して、クァルテット編成による(本人はピアニストに専念)「ゾウ・シャル・ノット」からのナンバーを演奏、03年に発表しています(これをダイアリーでも書きました)。

 このように今までのリリースだけでも、ハリーのこのミュージカルに対する並々ならぬ思い入れが伝わってくるのですが、今回は自分自身で歌い、ピアノも弾いたのです。スタンダードを歌い込んできた彼だから書けるメロディに、最近とみに増している歌の説得力。このハリーならではの強みを味方に、聴き手を惹きつけるクオリティを生んでいます。

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 アルバムはハリーが歌う〈オー、マイ・ディア〉ではじまる。この曲は、亡霊の夫が2人の企みに気づかなかったことを悔やんで歌うナンバーで、ネッド・グールドのサックスが秀逸です。ケリーとのデュエットで歌う〈キャン・ウィ・テル〉は誰にも言えない秘密の恋の辛さを歌ったもの。ここでもネッドのサックスが効いていて、ハリーも「ネッドは10年以上ぼくのビッグバンドに在籍してくれていて、ビバップもファンキーもうまいけれど、この作品のような甘いタッチの演奏も絶品で、ぼく自身聴きほれた」と絶賛しています。

 同じくデュエットでの〈アイ・ライク・ラヴ・モア〉は、ハリーのペンになるストリングスとハリーのピアノだけをバックに、切ない歌。ケリーがソロで歌う〈マイ・リトル・ワールド〉と〈アイ・ニード・トゥ・ビー・イン・ラヴ〉はクァルテット+ストリングスで、歌の世界にロマンティックな響きを添えています。特に後者は歌うのは難しい曲なので、ケリーの実力を知るには格好のナンバーになっています。

 〈テイク・アドヴァンテージ〉も、粋な仕上がり。ニューオリンズ・ジャズにアレンジされた〈テイク・ハー・トゥ・マルディ・グラ〉は、このアルバムの白眉ですね。ハリーの歌とピアノ、アーサーのリズミカルなドラミングが、聴く人すべてをニューオリンズへいざなうこと確実なのです。

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 そのハリー・コニック,Jr.は受賞の喜びもそこそこに、「パジャマ・ゲーム」の幕が下りるや、自身のビッグバンドとスタジオ入り。もう次作のレコーディングもすっかりすんだ頃でしょう。またもうすぐ、ハリー・コニック,Jr.・オーケストラのスウィンギーな音楽が楽しめるというわけです。

 その日を楽しみに、この秋はブロードウェイの夢を見てすごします。

 パジャマを着て? はい、もちろん、パジャマで夢を見ます。

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ハリー・コニック,Jr.
「ハリー・オン・ブロードウェイ アクト1」

ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
SICP-1096/7
2006年8月2日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この季節は、飾るのも、食べるのもカボチャ。