Music Diary
[ 2006.12.27 ]
40年ぶりの渡辺貞夫(as)&チャーリー・マリアーノ(as)
2005年12月、渡辺貞夫恒例の第13回「Christmas Gift」と全国ツアーが、チャーリー・マリアーノを迎えて行われました。2人とも、アルト・サックスという同じ楽器の演奏家です。40年ぶりの歴史的再会と、大きな話題になりましたが、その共演ライヴが『Sadao & Charlie Again』と題して、この冬CDになりました。
ジャズ・ファンなら、渡辺貞夫(as)とチャーリー・マリアーノ(as)が共演した1967年録音の『イベリアン・ワルツ』(タクト) を知らない人はいません。渡辺貞夫に、スイングジャーナル誌主催、第1回日本ジャズ賞をもたらした、先鋭の気概に充ち満ちた名盤だからです。2人の共演作には、他にも同年録音の『渡辺貞夫とチャーリー・マリアーノ』(ビクター)、68年の『ウィ・ゴット・ア・ニュー・バッグ』(タクト)の計3作があります。
チャーリー・マリアーノは1923年ボストン生まれ。バークリー音楽大学の前身であるシュリンガー・ハウスに学び、40?50年代はボストンを拠点に、クインシー・ジョーンズ、ハーブ・ポメロイ、チャールス・ミンガスらと活動しました。当時、公私ともにパートナーだった秋吉敏子と63年に来日し、2年間日本にも滞在したのでした。65年からバークリーで教職についてからも度々日本を訪れ、ボストンで親しくしていた渡辺家には泊まることもあったのだそうです。
チャーリーより10歳若い貞夫さんは、67年当時、バークリー留学から帰国し、日本の若きジャズ・ミュージシャンに乞われて「ジャズ教室」を開いていた時期でした。だから渡辺家には、チャーリーだけではなく、いつも多くのミュージシャンやスタッフが集っていたのでした。
チャーリーとの再会コンサートが決定したとき、貞夫さんが次のように語りました。「ぼくのアイドルはチャーリー・パーカーでしたが、55年に亡くなってしまったので、ライヴで聴くことは叶いませんでした。ですからサキソフォンを演奏するうえで、スタイル的にパーカーの流れを汲み、しかも身近にいたチャーリーから、最も大きな影響を受けたといっていいと思います」
こうした経緯で、05年12月には第13回「Christmas Gift」と全国ツアーが、チャーリー・マリアーノを迎えて行われたのでした。
チャーリー・マリアーノは、70年代にはいると南インドの伝統楽器、ナダスワラムに魅せられ、その音楽性をインド音楽やポップスの影響を受けたものに、大きく方向を変えました。拠点もヨーロッパに移し、そこからインドへ通う生活を続けたのです。
貞夫さんは、チャーリーのアルバムを店頭で見つけると必ず求めたそうですが、再共演を強く願うようになったのは、『Deep In A Dream』や、ブタペストのオーケストラと共演した『Not Quite A Ballad』を聴いて、再び心を揺さぶられた2003年になってからでした。「バラードが素晴らしかったですね。演奏のインプレッションの強さに、特に驚きました。それ以来メールなどで連絡を取りあい、2005年12月に共演が叶ったというわけです」
渡辺貞夫とチャーリー・マリアーノの40年ぶりの共演は、一期一会。美しくも温かな思い出として、心のアルバムにしまっておくものと思っていたんです。だから今回、『Sadao & Charlie Again』と題されて、そのライヴがアルバム化されることには「お年玉」を先に頂いたようなうれしさを感じています。
このアルバムは、12月13日、名古屋ブルーノートで収録されました。リズム・セクションには、ボブ・デーゲン(p/44年マサチューセッツ州生まれ。70年代にポール・モチアンを擁するトリを結成。74年からドイツを拠点に活動)。ビル・エルガート(ds/42年マサチューセッツ州生まれ。70年代にポール・ブレイのグループに加入、現在はヨーロッパで活動)。ディータ・イルク(b/61年ドイツ生まれ。フルブライト奨学生としてマンハッタン・スクール・オブ・ミュージックに留学。帰独後も国際的に活動。98年からチャーリー・マリアーノのCDをプロデュースする他、ヨーロッパ各地で共演)というメンバーが参加しています。
わたしは12月18日にBunkamuraオーチャードホールで行われた「Christmas Gift」に出かけましたが、貞夫さんとチャーリーのステージは、そこで奏されている音楽だけではない、2人のジャズへの想い、友情、生涯をかけた研鑽を背景に感じさせるものでした。貞夫さんにとっては普通のことでも、他では観ることができない、真摯さと温かさ、深みをたたえていたんです。そしてそれは、このディスクからも伝わってくるものなのです。 この『Sadao & Charlie Again』には、貞夫さんとチャーリーのオリジナルを核に、スタンダードの〈ディープ・イン・ア・ドリーム〉。メル・トーメが書いたクリスマス・ソングの定番〈クリスマス・ソング〉と、アンコールに貞夫さんがソロで演奏した、アントニオ・カルロス・ジョビン作曲の〈ポル・トダ・ア・ミニャ・ヴィーダ〉を含む、9曲が収録されました。
渡辺貞夫ナンバーから選曲されたのは、〈トーキョー・デイティング〉や〈コール・ミー〉という80年代の名曲や、近作の〈ワン・フォー・ユー〉など。一方,チャーリー・マリアーノの曲は、〈プラム・アイランド〉と〈ロピン〉の2曲です。
聴いていてうれしくなるのは、やはり2人のビバップ魂です。冒頭の〈トーキョー・デイティング〉や〈ロピン〉で繰り広げられる貞夫さんとチャーリーのユニゾンに、ぐっときます。〈トーキョー・デイティング〉では、ユニゾンに続く貞夫さんのソロが実に鳴っていて、芯から暖かく深みのある音色とフレージングに魅了されました。後発のチャーリーは、艶っぽい音色。同じアルト・サックスでありながら、2人の音色の違いは、このアルバムの聴きもののひとつです。
また〈ディープ・イン・ア・ドリーム〉などでのバラード共演が、素晴らしいんです。チャーリー・マリアーノの表現には、枯淡と呼んでも失礼には当たらないだろう、今ならではの境地とポエジーが込められています。チャーリーに続いて貞夫さんが登場すると、その音色の瑞々しさと、切なさを感じさせる表現に、あふれる若さを感じました。比べているわけではないんです。ここで目指されたのは競演ではなく、あくまでも共演なんですから。
貞夫さんのチャーリーに対する敬愛は、コンサートでも強い印象になって残っているんですが、このディスクにも刻み込まれていたのでした。
また、貞夫さんのアンコールの定番曲のひとつである〈ポル・トダ・ア・ミニャ・ヴィーダ〉は、抑制された表現と行間で語る物語で、静やかに心を打ってくきました。
渡辺貞夫のバラードは絶品で、これこそ日本が世界に誇れる宝なのです。
今年の「Christmas Gift」は、88歳を迎えたハンク・ジョーンズ(p)を迎えて行われました。体調の悪いハンクさんに替わって、もう一人ピアニストが参加しましたから、2人のピアニストを聴けて、お得な気分になりましたっけ。そこでも、貞夫さんのビバップ魂が美しく鳴っていました。
教えている洗足学園音楽大学の学生にこのディスクを聴かせたら、びっくりしていましたね。「こんなに素晴らしいんですか?」って言うんですよ。
「じゃ、今まで何を聴いたの?」と訊ねたら、「もごもご。。。」
きっと、聴いていないんですね。イメージを作り上げて、解った気になる。これって、何事にもいえることですが、恐いことなんです。日本にこんな宝物がいるんですから、聴かなくては損ですよと、いいたいですね。
それにディスクもですが、ライヴで聴いていただきたい。発売すぐにソールド・アウトになりますから、それだけ気をつけて。
わたしは、このディスクの貞夫さんを聴いて、来年もがんばろう、楽しみながらしっかりやろうと、思えました。貞夫さんが33年生まれ、チャーリーさんが23年生まれですよ。わたしたちが疲れたとか、めんどうだとか、言っていられなくなります。過去より未来。そうこの『Sadao & Charlie Again』が、語りかけてくるのです。
中川ヨウのミュージック・ダイアリーにお寄り下さった「あなた」、今年もありがとうございました。2007年のご健康とご活躍を、祈っています。どうか、佳いお年をお迎え下さい。

渡辺貞夫、チャーリー・マリアーノ
「Sadao&Charlie?再会のとき」
ビクターエンタテインメント
VICJ-61398
2006年12月16日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。







