Music Diary

[ 2008.12.12 ]

E.S.T.の白血球

 ジャズについて書いていると、「まるで弔い合戦をしているようだ」と感じることがあります。

 先に旅立つミュージシャンのことを(つらくても)書き、人に覚えておいてもらう。人がもし忘れても、わたしが書き続ければ、またそのミュージシャンの音楽を聴いてくれるリスナーもでてくる。そうやって、灯を消さぬようにすることが、わたしの使命のひとつだと思っているのです。

 今年見送ったミュージシャンで、「どうして!」と、残念の涙を流したのは、大阪を拠点に活躍していたシンガーの越智順子さん、そしてスウェーデンのジャズ・ピアニスト / 作曲家のエスビョルン・スヴェンソンでした。
 2人とも、脂が今まさにのってきたときで、今後を大いに期待していたからでした。

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 今日は、そのエスビョルン・スヴェンソンのことを書きます。
 エスビョルンの訃報が入ってきたのは、6月14日。スキューバ・ダイビング事故のため、スウェーデン首都ストックホルム近郊の群島で亡くなりました。享年44でした。

 e.s.t.として知られるエスビョルン・スヴェンソン・トリオは、1993年に結成され、若い世代にジャズを広めたことで名をあげました。ロック向けの会場でコンサートを開き、大掛かりな照明や霧マシーンを使用し、ヴィジュアルにも訴えるライヴで国際的な名声を獲得していったのです。

 e.s.t.の音楽はジャズに限定されず、クラシックからファンク、現代音楽まで、様々なジャンルの影響を受けています。でも、芯が通っていた。エレクトリックな手法をピアノ・トリオにもちこみましたが、それは表現にノイズが必要だったからで、受けを狙ってのことではありませんでした。
 本人も、知的でしたが、大変気さく。驚くほど目が澄んでいて、どちらかというと無骨な人。どこから見ても「受け」を考えるような男にはみえませんでした。
 リーダーである自分だけが注目されることを嫌い、いつもe.s.t.として表にでるよう心掛けていました。

 e.s.t.のマネージャーである、ブルクハード・ホッパーがロイター通信社に、次のように語っています。
 「音楽的な境界線を壊そうとつとめていた彼の作り上げた音楽は、世界を照らした光でした。彼の音楽は、世界中のあらゆる人々に影響を与えたと思います」

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 新作のタイトルは、『ルーコサイト(Leucocyte)』。
白血球という意味のタイトルをつけたのは、「一定の時間で新細胞と入れ替わりながら、常に生命を守る役割をもった白血球は、e.s.t.が目指す即興でのコミュニケーションに似ているから」(エスビョルン談)だそうです。
 ライヴ盤も入れれば、12作目になる、このアルバム。なぜか、オーストラリアでの録音です。

 冒頭のナンバーがもつ不安感に、何か予兆を感じるのは過剰な深読みでしょう。でも、サウンドがたいへんディープ。間をたっぷりとったオープニング。そして電気的な残響音が21世紀的で、現代の不安と緊張を代弁し、美しいメロディのピアノと溶けあうことで、彼らならではのe.s.t.エクスタシーへと導くのです。

 後半を占めるタイトル曲の〈ルーコサイト〉は、4曲からなる組曲です。ヘヴィ・メタっぽい〈アブ・イニシオ〉がまずクールの権化。次の〈アド・インテリウム〉は、無音!約1分、音ナシなのです。
そして〈アド・モーテム〉でのピアノは、宇宙のひずみのなかから聴こえてくるよう。ノイズ感が強く、わざと聴こえにくくした、その意図に耳を傾けたいのです。

 組曲最後の〈アド・インフィニタム〉は永遠の意。鐘が鳴り続けるこの曲。その鐘にのって天上にのぼるのがエスビョルン本人だとは、彼自身思っていなかったはずです。でも、そこに深い、深すぎるシンクロニシティを感じてしまいます。
 肉声がサンプリングされていますが、その意味不明な言語から何を聴くかは、聴き手次第です。
 永遠に、これがe.s.t.最後の曲になりました。

 図らずも遺作になった『ルーコサイト』。ストレート・アヘッドな曲から、エレクトリック感の強いナンバーまで、確信をもってe.s.t.の音楽を披瀝するベストな作品です。
 この現代を、宇宙にたゆたいつつ見たいと思ったら、ぜひ聴いてみてください。

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E.S.T.
『ルーコサイト』

ユニバーサルミュージック株式会社
UCCM-1159
2008年9月3日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。