Music Diary
[ 2009.02.28 ]
ブランフォード・マルサリスが「ヘンシ〜ン!」する日
ブランフォード・マルサリス・カルテットの新作が届いた。いつも彼らのジャズに鼓舞されているわたしだけれど、ちょっと今作『メタモルフォーゼン』には、物申したい気分。
ってなわけで、いつもとトーンが少しちがう、わたしなのです。
ブランフォード・マルサリス・カルテットは、いまや、ひとつの完熟期に達しています。
メンバーについて書きますが、まずは、ブランフォード本人についてから。昨今はクラシック・オーケストラのソリストとしての活動が多く、より研鑚に励まなければならない背景があるので、そのテナー、特にソプラノ・サックスの音色の美しさが、より際立ってきています。
今作のために行ったインタヴューで、わたしがそのことに言及すると、彼自身が次のように言いました。
「音色のことを考えないで演奏できるようになったことは、ぼくにとってありがたいことだ。音楽だけに集中できるからね。音色の進化は、やはりクラシックでの活動と練習に負っていると思う。絶えず練習を続けることで、今の自分があると思っている」
また、自由闊達なソロも、クラシックの作曲家が心を砕き、煩悶して探し当てたノートを演奏することで、改善された面が多々あると言っていました。
ピアノのジョーイ・カルデラッツォは、ケニー・カークランド(1998年11月13日逝去)のあとを継ぎメンバーとなったピアニストです。ケニーのような予定調和を超えたフレーズを連続してだすことはないのですが、勇壮な演奏でも、バラードでも、個性を貫きつつカルテットに献身するプレイぶりには、感嘆するばかり。
特に、今作に収められた、彼の手による2曲の美しいバラードには、深く語りかけてくる情感があって、感嘆しました。
「幼少の頃からハイパーで、落ち着きのない性格だったぼくが、じっくりショパンなどのクラシック曲を弾くようになり、ソロ・ピアノ活動を始めたのも、ブランフォードの励ましのおかげだった。」
質問魔である彼が、 eメールで毎夜投げかける問いかけにも、ブランフォードは丁寧に答えてくれるのだそうなのです。
ベースのエリック・レヴィスは、縁の下の力持ちに徹することが多いのですが、この新作でも、野太い音色でのソロや、ボウでの演奏にもすばらしいものがあります。また、その作曲力をブランフォードは大いに買っているのです。
デビュー時からの僚友である、ジェフ・"テイン"・ワッツは、このカルテットになくてはならない存在です。ブランフォードのジャズを「大きく」してくれるのが彼のドラミングであり作曲で、クライマックスが続く曲想では、その縦横無尽なリズムがブランフォードの創造力を刺激し、相乗効果を生んでいるのは一耳瞭然です。
この新作は、ブランフォードが住むノースカロライナ州ダーハムにある「ハイチ・ヘリテッジ・センター」で、2008年8月にレコーディングされました。
すべての曲がファースト・テイク、わずか7時間で完了したそうです。では、このようにカルテットの一種完成した姿を裏づけるアルバムのタイトルが、なぜ"変容する・変容させる"という意味の『メタモルフォーゼン』と名づけられたのでしょうか。
実は大きな意味があるのですが、これについては、ブランフォードのことばを借りて書く、曲紹介のあとにゆずりましょう。
● ザ・リターン・オブ・ザ・ジトニー・マン
「テインの曲だが、テインのお父さんは、白タクのドライヴァーだったんだ。正規の許諾をとっていない白タクを、ジトニーって呼ぶんだね。渋滞をものともせずに飛ばす、ジトニーの雰囲気がでている」
● ザ・ブロッサム・オブ・パーティング
「ジョーイの書く曲は美しく、ショパンを連想させることが多い。この曲も元来はアップ・テンポで書かれていたんだが、メロディの美しさに、バラードにテンポを落とすことを提案した。ぼくはソプラノを迷わず選択し、各々がメロディに献身することを主眼とし、抑制をもって演奏した」
● ジャバウォッキー
「ルイス・キャロルの短編小説の題名を、いただいた。代表作『不思議な国のアリス』にも少しでてくるが、キャロルは意味がないことばを作る名人だ。曲ができたあと、このグルーヴと曲想にふさわしいと、名前をつけた。このアルバムでは、唯一のぼくの作曲だ。実は、この曲はアルト・サックス用に書いた、テナーが壊れていたんだ。レコーディングのときも、テナー、ソプラノと試してみたけど上手くいかず、結局アルトで録音したよ。拍子にとらわれすぎないということは、オーネット・コールマンから学んだ。ソロも、コード・チェンジではなく、メロディに従う。それがぼくの基本だ」
● リズマニング
「セロニアス・モンクの有名曲だが、テンポを変えて遊んだわけじゃないんだ。メロディからでた演奏だ。アクセントを変えている。テインのドラムスも、頭にアクセントを置いているだろう。それもすべて、メロディにあったことだ」
● アンティ・ハーガーズ・ブルース(ボーナス・トラック)
「W.C.ハンディが作曲したナンバーで、ルイ・アームストロングの演奏で知った。ルイのCDを聴くことが昨今多かったので、この曲をプレイした」
まだ他にも面白い曲がありますが、代表して、お届けしました。
さて、なぜ『メタモルフォーゼン』なのか、という宿題が残っています。ブランフォードへの敬意をもって、率直に彼がいったとおりに書こうと思います。
実は、ブランフォードいわく、自身のカルテットが変革期を迎えているというのです。カルテットの演奏に驚嘆することが今の時点ではないというのですね。
各人の成長著しく、一体感もある。でも、どこかで演奏の行き先が読める、というのです。
たしかに、本作は、音楽の生々しさを大事にするというブランフォードのアティトゥードどおり、全曲がワン・テイクで録られました。けれど、ここには、たとえ演奏が破綻しても前に突き進むという、ブランフォードの音楽の本来の魅力、つまり躍動感やダイナミズムが希薄です。
簡単に言ってしまえば、ハッとする瞬間の嬉しさが、ないのです。
そこで、「このままでは、いけない、いやである。だから、次には変容を遂げているであろうカルテットの近未来に向けて、あえて"変容する・変容させる"」というタイトルをつけたのだそうです。
「以前、信州であった《ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾》に出演したとき、尊敬するテナー奏者、イリノイ・ジャケーに言われたんだ。『自分だけにしかできないことを見つけろ。そしてそれを続けろ。そうしたら、人が音を聴いてもすぐに君だとわかるだろうし、仕事もなくならない』ってね。で、ぼくは考えた。結論をいえば、ぼくがやりたいのは、その正反対のことなんだ。演奏して、『あれが、ヤツ?』って言われ続けたい。システマティックには陥りたくないし、スタイルも変わり続けたい。どう変容するのかもわからない現時点で、このタイトルを冠するのはいかがなものかと思う人もいるだろうけれど、それもぼくで致し方ない。変容を、待っていてくれ」
ということなのです。
完成に近くなったら、つぎの地平に向けて発つ。それがブランフォードなのであって、だからこそ、彼のジャズに魅せられるのです。
これから、どのような"メタモルフォーゼン"を遂げるのか、今から楽しみにしたいと思います。
ウルトラマンが好きなブランのことですから、「ヘンシーン!」は、きっとうまくいくと信じています。

ブランフォード・マルサリス
『メタモルフォーゼン』
ユニバーサルミュージック
UCCM-1167
2009年3月11日発売予定
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。







