Music Diary
[ 2008.07.30 ]
パット・トリオの東京日帰り旅行
パット・メセニー(g)が、前作に引き続いて、クリスチャン・マクブライド(b)、アントニオ・サンチェス(ds)とのトリオでライヴ・アルバムをリリースした。その名も『トーキョー・デイ・トリップ』。
そうです。この新作は、2003年12月の来日時に、ブルーノート東京で録音された音源から、パットがよりによった5曲が収録されたアルバムなのです。
すべての曲が、初めて収録される未発表オリジナル曲ということが本作最強のウリなら、ジャケットに東京をイメージした街並が描かれていて、日本のファンなら手に取らずにはいられない仕様になっています。
レコーディング日時の詳細は不明なのですが、それには訳があります。パットがライヴ・アルバムの収録テイクを決めるときは、スタジオはつねにカオスと化します。その尋常ならざる集中力で、パットは聴き、聴き続け、気に入ったテイクを選り、その荒選りしたテイクから更に選考を重ねます。
そのため、最終段階ではどのテイクを採用したのか、詳細がわからなくなるのですね。何回やってもそのテンデンシーは変わらないと、本人がこぼしていました。
ワーナージャパンから漏れ聞くと、この日時の詳細へのお問い合わせがとても多いとか。問い合わせをされた「あなた」の代わりに、パットに「ちゃんとしてください」と注文をつけておいたので、不明な点は勘弁していただきたい。
さて、本作『トーキョー・デイ・トリップ』プロジェクトのスタートは、2003年に遡ります。パットはクリスチャン・マクブライド(b)、アントニオ・サンチェス(ds)とトリオを組みたいと願い、2人の即答をえてツアーにでました。
クリスチャンとアントニオを起用した理由を、パットが次のように語りました。
「この2人は、今、この地球上で最高のテクニックをもっているミュージシャンだ。そのクリスチャン、アントニオと、ギター・トリオで思いっきり演奏したかったというのが人選の理由だ。この2人なら相性がいいにちがいないという、インスピレーションがわいたんだ。
彼らだから書けた曲もあったし、何ら心配することなく、難曲をステージにかけることもできた。そのありがたさを、理解してもらえるだろうか。
ぼくたちは2003年から世界をツアーし、もちろん東京にも行き、アジア、アフリカにもまわり、親交を深め、演奏も進化していった。その過程で、トリオにバンドとしての一体感が生まれた。前作のスタジオ録音作『デイ・トリップ』は、ツアー中のある日スタジオに入り、ライヴ感覚で演奏しまくり作ったアルバムだ。いつもとは逆に、まず最初にツアーにでて、バンド感覚が生まれてから、スタジオに入ったのが成功の要因だと今でも思っている。
でも、こうして東京でのライヴを聴き直してみると、その時点でぼくたちは既にバンドとして機能しているじゃないか。東京の、聴き上手なリスナーがいてこそ可能になったことかもしれないね。インターネット上で、ボーナス・トラックという形でリスナーに提供したら、アルバムにしてほしいという要望が数多く寄せられた。そこでこのライヴ盤を発表することにしたんだ。5曲とも、未発表の新曲ばかりだ。
永年ぼくの音楽をサポートしてくれている日本のファンに敬意を表し、タイトルも『トーキョー・デイ・トリップ』とした。日本のファンが、この新たなジャケットをふくめて、気に入ってくれることを願っている」
欧米のリスナーにとっては、東京に日帰り旅行ができるわけがないから、このタイトルにはひねりも効いているわけ。わたくしたちにとっては、思いがけず誘われた、うれしい「日帰り旅行」です。
曲について、書いておきましょう。今まで発表されたことのない新曲ばかりであることが、このアルバムの大きな磁力になっています。
●M1 トロムソ
ノルウェー北部にある、トロムソという町にツアーで行ったパットが、その美しさを音楽のうちにとどめようと作曲したナンバーです。パットが〈ラスト・トレイン・ホーム〉でも使用した、エレクトリック・シタールを演奏しています。
そのシタールの音色がノスタルジックな曲想にあうのですが、ノスタルジーを感じると、パットは反射的にこの楽器を手にとりたくなる傾向があると、わたくしは読んでいます。
●M2 トラヴェリング・ファースト
30代まではワン・ナイターでのツアーが日常だったパット・メセニーにとって、その音楽を多くのリスナーに届けるために、速い旅は必要不可欠なものでした。パットによると、この曲は〈トラヴェルズ〉の発展形だそうです。
それにしても、彼には旅にちなんだ曲が多いですね。それはツアー中の自由時間に作曲をしたり、タイトルを考えることが多いせいでしょう。
パットはここで朗々と歌うようにギターを弾いていますが、クリスチャン・マクブライドとアントニオ・サンチェスのスピード感ある演奏がそれを支えています。クリスチャンのソロが男らしい響きをもち、アントニオ・サンチェスがくりだす緻密な技に、耳が点になります(笑)。
こういった曲を平然とプレイしたくて、パットはこのメンバーでトリオを組んだのです。
●M3 祈り
〈inori〉と原題でも日本語の曲名をもつこのバラードは、数年前に作曲され、共演経験もある矢野顕子に手渡されたデモの1曲でした。パットは彼女にタイトルをつけてくれるよう頼み、〈祈り〉という意味合いを気に入ったといいます。
アコースティック・ギターにかぶさるようにプレイしていた、東京でのパット。彼の繊細な内面が表出した、こういった静かな曲もまた、彼にしかできない演奏だと思います。
●M4 バック・アーム&ブラックチャージ
この曲はツアー中、数回しかプレイしなかったとパットが回想していましたが、よくぞ録っておいてくれたというテイクです。ここには先の曲の対極にある、激しい音の洪水をも愛するパットがいます。パットにとって、この曲のような激しい曲想をもつオリジナルはめずらしく、あえて指摘すれば、オーネット・コールマンとの『ソング X』での過激な演奏に似た雰囲気をもっています。
●M5 ザ・ナイト・ビカムス・ユー
パットがバリトン・ギターで奏でる美しいバラード。パットもバラードの名手だが、超絶テクニックの持ち主であるクリスチャンとアントニオが、こうも抑制のきいた、静謐な演奏ができることに感銘を受けます。
パット・メセニー、クリスチャン・マクブライド、アントニオ・サンチェスのトリオは、前作『デイ・トリップ』で「ここまで弾ける」というところをみせ、今作では「こういう曲も巧みに弾ける」と、またちがった一面をみせてきました。
前作が太陽なら、今作はさしずめ月でしょうが、ここに収められたヴァラエティ豊かな5曲が、そのまま東京という多面的な街の、写しのようにも感じられます。
東京が、そして日本が好きなパットが書いた旅行記を読むようなインティメイトな気分が、ここにはあるからです。
パット・メセニーが敬愛する日本の聴衆のひとりであることに誇りを感じつつ、この「東京日帰り旅行」を楽しんでいます。

パット・メセニー(ウィズ・クリスチャン・マクブライド&アントニオ・サンチェス)
『トーキョー・デイ・トリップ』
ワーナーミュージック・ジャパン
WPCR-12971
2008年7月9日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。







