Music Diary
[ 2008.07.31 ]
藤原清登、新グループの熱量
藤原清登のベースには、かねがね魅せられてきました。奥深い音色、楽器を熟知した演奏が見事ですし、彼の作曲が、様々な心象風景を想起させて、内的な旅に連れ出してくれるからです。
今回の新作『ジャンプ・モンク』は、そういった今までの彼への評価を、別の形で高める作風で完成しました。まず、この作品は彼の永きにわたるキャリアで、初めて日本で組んだグループによるアルバムなのです。しかもオーディションで選考した、若手を意図的にメンバーに迎えています。
そのメンバーによる、チャールス・ミンガス、ホレス・シルヴァーの作曲と、3曲の自作曲というプログラム。ここでは整っていることよりグルーヴが優先されていて、彼らが放つエネルギーに高揚を覚えるのは、わたくしだけではないはずです。
近年、上手なジャズ・ミュージシャンが増えましたが、それに反比例するように、心を揺さぶるジャズを聴くチャンスが減りました。そういった現状を残念に思う者としては、熱意とグルーヴが満載の『ジャンプ・モンク』に、拍手をおくらずにはいられないのです。
では、なぜ藤原清登が、平均年齢20歳代の若手と新グループを結成し、本作をレコーディングすることになったのでしょうか?
実はわたくしと清登さんは、同じ洗足学園音楽大学ジャズ・コースで教鞭をとっていて、週に一度は顔をあわせる仲です。それまでも彼の仕事は知っていましたし、ラジオにもゲストで出演してもらいました。ジャーナリストとして会った彼は、「真摯なミュージシャン」という印象で、ジュリアードの大学院まで出た知性派だということに、わたくしは勝手に恐れをなしていました。
ですが、洗足で仲良くなった清登さんは、ユーモアたっぷりの人。彼がいると自然に笑い声が起こり、彼と会った日は、リラックスできてなぜか物事がうまくいく。そんな不思議な人なのでした。
彼は、新グループに洗足学園音楽大学の学生が4名参加していても、自分が教えた学生だからメンバーにしたのではないことを、まず強調して語りました。大学の他にも新宿ピットインなどに「年齢、性別、国籍を問いません」と張り紙をし、オーディション参加者を募ったそうなのです。ご本人に、グループ結成の経緯を話してもらいましょう。
「今までニューヨークを拠点に活動を続け、日本と行ったり来たりが続いていました。日本人だけで組んだグループといえば、鈴木良雄さんと2ベースで1998年にレコーディングした、『ヴィノ・ロッソ』(アルバム『ベース&ベース』をリリース)だけでした。
でも、洗足で教えることになり、始める前は期待していなかったのに、うれしい驚きを感じたんですね。こういう人たちが10代にいるんだったら、日本でもまっすぐに正面からジャズに取り組むグループが作れるのではないかと、思ったわけです。そして構想を立て、オーディションをしました」
結果、次のメンバーが選考されました。久保嶋直樹(p)は年齢的に他のメンバーより上ですが、本作で聴けるピアノは瑞々しく、経験とフレッシュさを兼ね備えています。そして津田磬太(ds)。ホーン・セクションは鹿野亮介(as)、宮本道隆 (as&fl)、寺井雄一(ts)、小西遼(as)、吉田寛望(tp)の5名です。
蛇足だとは思いますが、吉田寛望は女性です。
藤原はあくまでグループを主体に考え、特にベースを全面にだすことは考えませんでした。そして人選がすんでから選曲にとりかかり、前向きな姿勢をもったこのグループにむくナンバーを考えたとき、ホレス・シルヴァーとチャールス・ミンガスの作曲を選択しました。
「ミンガスはベーシストということもあって、好きで高校生の頃から聴いていました。ぼく自身はミンガスのソロが好きでしたが、人数が多いこのグループには、自由なセッションの要素をもつ曲がいいんじゃないかと思ったのです。
ぼくは1974年、バークリー音楽院入学を機に渡米しましたが、その翌年、ホレス・シルヴァーの国内ツアーに参加させてもらい、それがデビューになりました。そのときもオーディションを受けての起用でした。ホレスは優しいけれど、こと音楽に関しては厳しい人でしたね。音楽に対して、ストレートにまじめな人でした。音楽的には、ホレスはミンガスよりかっちりしているし、ゴスペル、ファンクなど、ジャズの領域以外の要素ももっているので、若い世代のメンバーが理解しやすいだろうと考えました。
両親がクラシックの音楽家だったためか、ぼく自身、クラシックがルーツかと誤解されることもあるんですが、その実、ジャズばかりかロックも聴いて育ったので、ホレスの多彩な要素にもなじみが深い。ええ、子供の頃、祖父のマンドリンでベンチャーズを弾いたのがそもそもの始まりですから。中学時代はロックとサッカーに夢中で、2年生でジャズにいこうかと思ったわけです」
デビューがアメリカだったのもユニークですが、当初から藤原の活動は、ジャンルの境界線を果敢に超えるもので、クラシック、日本の伝統音楽との共演もありました。もちろんジャズの大御所との共演も多く、ジャッキー・マクリーン、クリフォード・ジョーダンと多くの人の名を挙げることができます。
80年にジュリアード音楽院に進み、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの主席コントラバス奏者であるジョン・シェーファーに師事。同大では作曲、指揮も学び、84年に同音楽院大学院修了。自己のグループ「マンハッタン・グラフィティー・フォー(MG4)」を結成して、88年には自身のデビュー・アルバム『マンハッタン・グラフィティー・フォー』を発表します。以降もニューヨークを拠点に活動を続け、コンスタントに話題作を発表してきました。
藤原清登の場合、各作品のコンセプトが明確なため、発表ごとに新たな藤原に出逢うような楽しみがありました。
21世紀に入ってから発表されたアルバムに限定して簡単に紹介すると、パリ郊外にあるシノン修道院で録音されたソロ作『ガルガンチュア』(2000年、キングレコード)。ピーター・マドゥセン (b)、福家俊介(ds)との彼のレギュラー・トリオで、ファンキー・ジャズに真っ向から取り組んだ『ジ・イン・クラウド』(01年、キングレコード)。イタリアの名ピアニスト、ダビデ・サントルソラを迎え、福家をドラムスに、クラシックの名曲から自作曲までをとりあげた『マッティナータ(朝の歌)』(04年、キングレコード)での深い響き。18世紀に作られた名器、ガリアーノを自在に歌わせる彼に、音楽がもたらす純粋な喜びを改めて知らされた作品でした。
そして前作にあたるアルバムが、また面白かったですね。「装甲騎兵ボトムズ」に触発された藤原が、シンガーのLiaとのコラボレートで、『ディープ・パラダイス』(05年、GUNBOY)をレコーディングしたのです。彼には、様々な境界を超える翼が生えているのではないでしょうか。
その藤原清登が、若い世代のミュージシャンと、一丸となって炸裂する今作。藤原に先導され、音が滝のような勢いをもって迫りくる冒頭の〈ジャンプ・モンク〉。ユニゾンで奏されるホーン・セクションが心を明るくし、ソウルフルな藤原のベース・ソロも楽しい〈サイケデリック・サリー〉。
皆が前を向き、前に進もうとしている。音楽から聴こえてくる、そういった関係性が素晴らしく、このアルバムから力をもらっているわたくしです。


藤原清登
『ジャンプ・モンク』
キングレコード株式会社
KICJ-533
2008年07月23日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。

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LIVE information
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2008年09月11日
藤原清登 Jump Monk Orchestra
JZ Brat (渋谷セルリアンタワー内2階)に
出演決定!
■ 入替なし
1st:Open 17:30 Start 19:00〜20:00
2nd:Start 20:30〜21:30
■ Music Charge
¥4,500 学生¥2,500+オーダー






