Music Diary
[ 2009.10.03 ]
アン・サリー=「母の声」
アン・サリーの澄んでいて、それでいて温かな歌声を、わたしはずっと大切に思ってきました。
「癒し」ということばがよく音楽に使われた4〜8年前、アンこそは癒しの声の代表だと思い、そう書いてきました。
彼女が参加した別グループ名義のアルバムのライナーを引き受けたのも、アン・サリーの歌声があったからですし、まだソロ・デビューしていない彼女に会いたいとも、プロデューサーに依頼しました。
すると、「ニューオリンズに留学しているから、ちょっと今は無理」とのこと。
そう、しかもアンさんは、ドクターだったのです。
◆ ◆ ◆
彼女が医師だと知ったとき、そういうこともあるだろうなと自然に受け止めたのは、アンの歌を聴いていると得られる穏やかな境地が、彼女の全存在から届けられることを既に感じていたからでした。
お坊さんか、お医者さん。
ま、尼さんではないでしょうから、ドクターというのは非常に納得がいきました。
ですが!!!
忙しいため、彼女はなかなかLIVEをやりません。
第2子をみごもっているときにレコーディングしたアルバム「こころうた」が好評を得ても、アンはコンサートをしないのです。。。
◆ ◆ ◆
9月29日、未就学の子供も入場可能というコンサート・シリーズ「ゆったりライヴの旅シリーズ」の第5弾として、めぐろパーシモンホールで、久々に彼女の生の歌声を聴く機会に恵まれました。
会場は彼女と同世代、30代の子供連れの母親を中心に満席です。
パパが子供を「つっている」ファミリーも多く、少子化問題はここでは存在しないかのようでした。
子育てに追われる彼女たちが、どれほど生の音楽を渇望しているかも手に取るように伝わってきます。
アンはそこで、子守唄でコンサートをはじめました。
「子供を寝かせてしまおうと思って、この歌ではじめました」ということばに、聴衆が笑顔でうなずきます。
でも、ですね。
子供の泣き声がまじるコンサートが、わたしには徐々に好もしく思えてきたのです。
なんて、自然なのでしょう。
子供の泣き声は、なんと生命力にあふれているのでしょう。
それとアンの歌がまじわるとき、そこに生命への讃歌がありました。
アンの歌は、それがジャズ・スタンダードでも、服部良一ナンバーでも、オリジナルでも、そこに穏やかな、と同時にしなやかな強さをもつ気がこもります。
「ブルー・バード」ではギターとのデュオでスタートし、そこにハープが加わり優しさを増すのです。
ベースのソロからスタートする「ワイルド・バード」には生命力が充ち、「チャタヌーガ・チュー・チュー」では各ミュージシャンが生み出す楽しさがひろがりました。
ご主人のトランペットも、アンの歌に寄り添って、とても純粋な音で心地よい。
どのメンバーも、ハープのやさしい音も、みな、彼女が選択したものです。
わたしは、それを「ゆるい」とは思いません。
「穏やか」なのです。
「なごんでいる」のです。
「平和」なのです。
それは、強い意志がなければ、生めないものです。
アンコールの「こころ」には、「音楽の役割は少しでも人に笑顔をともすことだと思います」という、アン・サリーの祈りがこめられました。
今、実は新作のレコーディング中なのだそうです。
急ぐのは、苦手だという彼女。
「のんびり、がんばります。
のんびり、がんばりましょう〜」
そう微笑む彼女のかたわらで、彼女にそっくりな笑顔が2つ、輝いていました。






