Music Diary
[ 2010.03.14 ]
To Billie Holiday with love from Dee Dee
ひな祭りの日に、ジャズ・シンガーとして不動の人気を誇るディー・ディー・ブリッジウォーターの新作が届きました。ビリー・ホリデイのレパートリー集。
スキンヘッドにし、上半身に金箔をぬったディー・ディーはゴールデンに輝き、ビリーゆかりの「くちなしの花」ではなく、彼女の故郷ゆかりのマグノリアを挿していました。
2009年11月下旬、ディー・ディーがブルーノート東京、同名古屋、コットンクラブに出演するために来日しました。
ビリー・ホリデイ集である新作からの楽曲をいち早くライヴで聴けるとあって、わたしは二夜連続で会場に足を運びました。
『トゥ・ビリー・ウィズ・ラヴ・フロム・ディー・ディー/トリビュート・トゥ・ビリー・ホリデイ』(ユニバーサル UCCM-1185)と題された本作の音は、一足早く手元に届いていたのですが。
グラミー賞ばかりかエミー賞も獲得しているディー・ディーの演技力を知る者としては、彼女がビリーを歌う場合、かなりディープな作品になる可能性が考えられました。そうとう、暗いかもしれない。
ですから作品が届いても、ちょっとすぐには手が伸ばせないでいたのです。
しかし、それは杞憂でした。そこにあったのは、彼女が生きてくれたことへの感謝、その音楽へのオマージュ、そして心からの敬愛でした。
◆ ◆ ◆
ブルーノート東京の楽屋で、その経緯をディー・ディーに告白すると、彼女は「わかるわ」といったふうにうなずきました。
「それはそうよね。特にわたしの音楽をずっと聴いてくれているあなたなら、わたしが『レディ・デイ』(ビリーの呼称) を演じ歌った舞台をパリ(1987年)とロンドン(1988年)でかけたことも知ってい
るわけだもの。
あの作品は、優れた演劇に対して贈られる『ローレンス・オリヴィエ賞』にもノミネートされた。あの舞台は、晩年の彼女が人生を回顧するといった構成だった」
彼女はわたしにコーヒーをいれてくれ、自分は蜂蜜がたっぷりは いったジンジャー・ティーを飲みながら続けた。
「実はね、今回の新作にはちょっとした内輪話があるの。
わたしはまず、その舞台『レディ・デイ』の再演をしたいと考えたのよ。だから、新作はその内容を網羅したものと、わたしの視線でビリーをとらえ直したものとで2枚組にするプランを立てた。
ダークな面も歌いこむ舞台と、明るい側面に光を当てた新録音との対照が興味深いと思ったわけ。でも、世界的な不況のために、舞台が頓挫して....。
で、結局、後者のみが新作としてお目みえすること になったの」
ビリー・ホリデイのファンを自負するわたしですが、今作のアプローチこそ、ビリー・ホリデイの没後50年にふさわしいと思います。
物真似も上手いディー・ディーのこと。
以前、彼女がビリーそっくりに歌った〈マイ・マン〉を聴き、まるで晩年のビリーが甦ってきたようなしわがれ声での歌唱に、胸がつぶれるような想いをしました。
その悲しみの色の深さに反し、新作からは、21世紀仕様に衣替えしたビリーのレパートリーが、明るさをもって立ちのぼってきます。
もちろん、ディー・ディー自身の声で。それも、完璧であることより、そこにこめられた喜びやエネルギーが大事にされた歌いっぷりなのです。
「元気なビリー・ホリデイ集」。それこそ、ディー・ディーにしか作れないものなのでした。
◆ ◆ ◆
「今作で心がけたことが2つある。まず、ちょっと声が裏返ろうが気にしないで、(ほぼ全曲)ファースト・テイクを残したこと。
そして、そうするためにも、ミュージシャンの選択にとことんこだわったこと。今、世界で望み得るベストなミュージシャンに参加してもらったわね。
ベースはクリスチャン・マクブライド、ドラムスは彼 との相性も抜群な、達人ルイス・ナッシュ。リード楽器各種は、ビリー・ホリデイのレパートリー集も発表しているジェームス・カーターよ。クリスチャンのベースの躍動、そして適材適所でサックスをもちかえ、バス・クラリネットやフルートまで演奏するジェームスに鼓舞され歌ったわ。
アレンジは、前作『レッド・アース』でも編曲とピアノを担当してくれたエドセル・ゴメス。今回のツアーでも音楽監督をつとめてくれている」
いいミュージシャンが一緒だと、乗らずにはいられないのと、ディー・ディーは少女のようにはしゃでみせました。
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選曲については、あまり迷う余地がなかったといいます。ビリーが曲作りに関わった楽曲と代表曲、そして舞台のために加えた数曲が選ばれました。
まず、ビリーが曲作りたずさわった楽曲では、ビリーにブルース・シンガーという誤解さえもたらしたM1〈レディ・シングス・ザ・ブルース〉、不実な恋人を歌ったM7〈ドント・エクスプレイン〉、
ダメな男でもわたしにとっては最高だしやさしいのと、のろけるM8〈ファイン・アンド・メロウ〉。
信心深かった一面があらわれた名曲、M10〈ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド〉。
そして、公民権運動に先んじて人種差別を告発し、ビリーをスターダムに押しあげたM12〈奇妙な果実(ストレンジ・フルーツ)〉が収められています。た だし、〈奇妙な果実〉の作詞・作曲には関与していないという説の信憑性は高いので,これについては後で少しくわしくふれたいと思います。
ビリーの代表曲は、以下のとおりです。M3〈グッド・モーニング・ハート エイク〉は、失恋でおった心の痛みに声をかけることで一日が始まると歌う、悲しい曲。M4〈ラヴァー・マン〉、M5〈ユーヴ・チ
ェンジド〉も共に振られ歌です。
ビリー・ホリデイは「イエロー・ページを読むだけでも最高の歌になる」といわれた不世出のシンガーですが、特に好きな人に振られるストーリーをもったトーチ・ソングが絶品。
今作のディー・ディーは、〈ラヴァー・マン〉を恨み歌にせず、恋の楽しさを残した歌に仕上げています。エドセル・ゴメスのアレンジ、そして独特のリズム感をもつ彼のピアノに負うところ大なのです。
劇のために選曲されたのは、ルイス・ナッシュはじめメンバー一丸となったスウィング感が楽しめるM2〈オール・オブ・ミー〉。
ディー・ディーはスキャットで始め、ソプラノ・サックスのジェームスの音をとってスキャットを再開するなど、そのジャズ言語を駆使した歌唱を聴かせます。
M6〈ミス・ブラウン・トゥ・ユー〉も、劇に躍動をもたらすために選曲されたそうで、ルイス・ナッシュのソロが聴きものです。
M9〈マザース・サン・イン・ロウ〉では、このあたりで笑いをとりたかったのでしょう。「わたしの母さんの義理の息子にならない?」と、男を誘う歌。
「ここではクリスチャンに、わたしが岡惚れした男を演じてもらっている。曲の大半をデュオにしたのだけれど、クリスチャンの低音の魅力にわたしもメロメロ。最後に『ベイビー、俺にはもう義理の
母さんがいるんだよ』といっているのは、彼なのよ」
ステージは楽しくなくちゃと、日頃から語っているディー・ディーです。実際、ブルーノートでは彼女のセクシーな歌と誘い方で、聴衆から笑いと歓声があがったのでした。
◆ ◆ ◆
最後に収録された〈奇妙な果実〉は、リンチにあい、ポプラの木 につるされた黒人を、果実にたとえて歌った曲です。
ユダヤ人教師のエイベル・ミーアポル、ペンネーム=ルイス・アレンが黒人が虐殺されている写真を見て衝撃を受け詩を書き、のちに曲をつけました。
それを、1939年当時、音楽的なプログラムでも人種差別への取り組みでも先鋭的だったクラブ「カフェ・ソサエティ」にもちこんだことから、専属歌手だったビリーが歌うことになったのです。
ビリーは、この曲に深く共感しました。それは、父親=クラレンス・ホリデイ(ビリーは、ミュージシャンで派手な生活をしていた父への憧れから、ホリデイを芸名とした)が、1937年に巡業先のテキサスで、黒人であるがゆえに収容してくれる病院がなく亡くなったことと無縁ではないと、考えたからでした。
ステージの最後にこの曲を歌うと、涙でぬれた顔を洗いに、いつも洗面所に駈けこんだといいます。また、全身全霊で歌わなければならないので、その度に力つきたとも語っています。
ディー・ディーはこの曲でアルバムを閉めています。
他の歌の多くが明るさを増して編曲されたのに反し、〈奇妙な果実〉は非常に強いメッセージとして、虐殺の悲惨さを隠さずに歌われています。人間の負の面を前面にだして、陰影たっぷりに歌い込んでいる。歌いながら流している涙がみえるような歌唱です。
インタヴュー時に、ディー・ディーが語りました。
「アメリカにアフリカン・アメリカンの大統領が誕生するなんて、もし1930年代当時の人に告げたとしても誰も信じないでしょうね。
わたしたちは、先人たちの涙や努力の賜物で、やっとここまできた。
でも、この〈奇妙な果実〉のような事件があったことを、これからも伝えていかなくてはならない。それがストーリー・テラーとしての、つとめだと思うのね。
ビリーのように、幼少時に強姦され、娼婦をし、歌で有名になっても薬物依存になり命を早めてしまうなんていう過酷な人生を送る人はそうはいない。
でも、現代の女性たちだって、その一部を経験することはあり得る。だから、歌ったの。
わたしはビリー・ホリデイが生きて、その類まれな才能で歌ってくれたことに心から感謝している。その歌は、辛い想いをしている女性を、そっと包みこんでくれるわ。
わたしも、わたしなりのやり方で、元気をだそう、一緒にやっていこうというメッセージを伝えたかったの」
伝わっているわよ。わたしがいうと、ディー・ディーはわたしを強くハグしてきました。
ハグされながら、その褐色の腕がまるでビリー・ホリデイのものであるかのような幻想に、わたしはからめとられたのでした。







