Essay

[ 2008.04.25 ]

「THE FUJIYA GOHONJIN」への華麗なる変身

 出張月間だった3月は、拙書「ジャズに生きた女たち」を多くの方に知っていただきたいという願いを胸に、長野にプロモーションに行ってきました。

 長野市は縁あって、大好きな街なのです。「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」のTV/ラジオ中継でお世話になった、武田徹さんが今も住まわれ、武田さんがフリーランスになった今も番組をもっておられるSBC信越放送があるので、何かあると呼んでくださる。そのおかげで、長野市とのご縁が深まったのです。

 今回も、武田さんがパーソナリティをつとめるご長寿ラジオ番組、「つれづれ散歩道」に出演し、拙書のことを紹介させていただいてきました。いつもながら、武田さんとのお仕事は、インプロヴィゼーションたっぷりで、楽しかったですね。武田さんは、早稲田大学時代からのジャズ・ドラマーでもあるので、即興や、生放送がお得意なのです。まぁ、いつもと違うのは、自分の本の話をするわけですので、ちょっと照れたことでしょうか。
 お世話になった皆さん、ありがとうございました。

信州が誇るパーソナリティ、武田徹さんの番組に出演中。SBC信越放送の新社屋に

武田徹さん、芳子さんご夫妻に「膳」に連れて行っていただく


 また、今回の長野の旅でうれしかったのが、2006年に、レストランと結婚式場をあわせもつ、「THE FUJIYA GOHONJIN」として生まれ変わった「御本陣、藤屋旅館」に行けたことです。
 変身を遂げてから、初めての訪問。武田さんの紹介で、長年泊めていただいてきた藤屋旅館です。女将さん、藤井奎子さんとも久しぶりの再会とあって、「女学生」のように話が咲きました。

 この「御本陣、藤屋旅館」は善光寺のご門前にあり、1648年に創業された由緒のある旅館です。古くは江戸時代に、加賀百万石大納言卿の御本陣として、また明治以降も、宮家の方々、伊藤博文や福沢諭吉などをはじめ、各界の著名人、地元の名士を魅了してきた旅館です。
 1925年、善光寺の仁王門の再生建築を手がけた宮大工によって、大正ロマン薫る、現在の洋館が建築されました。アールデコの様式が印象的な外観と、洋間。そして内部の数寄屋造りが一体になった建物は、和洋折衷の美しきひな形でした。
 格式が高くて、武田さんの紹介がなかったら、宿泊しなかったでしょうね。でも、斑尾ジャズ・フェスの番組作りの際に泊めていただき、わたくしもすっかりファンになってしまいました。またFM長野が開局して間もないときに、ジャズ演奏収録番組のために1年間、毎月長野市に赴くことになり、そのたびに藤屋さんに泊めていただいていたので、自然に女将さんにも可愛がっていただくようになったのです。
 その藤屋旅館が、2006年に大変身を遂げ、以来、行きたい、行きたいと思いながら、なかなか機会を作れず、今になってしまいました。

 画像をいっぱい撮ってきたので、ご覧ください。レストランにバー、バンケットに新設されたチャペルと、これぞ温故知新。古き良き時代の香りと、現代の使い勝手の好さが見事にマッチして、「こんな所、他にはないんじゃない?」という場になっていました。レトロ・シックとは、このことですね。
 その上、レストランで供されるイタリアンがとても美味しいのですから、絶賛してしまいます。宿泊することは、もうできませんが、それ以上の楽しさを味わってきました。文化財を次世代に残すという、奎子女将さんの心意気にも、打たれました。
 福沢諭吉先生が、宿泊されたときにしたためられた「忙中閑あり」の書も拝見してきましたが、わたくしにとってもありがたい、「忙中閑あり」の長野の旅でした。

↑ このページのトップへ | Essayの一覧へ


善光寺のおひざもと、藤屋御本陣の正面玄関の前で


コーナー毎にレトロ・シックなしつらえがなされている


長年お世話になっている藤屋旅館のおかみさん、藤井奎子さんと


福沢諭吉先生が、藤屋に泊まられたときに残された「忙中閑あり」の書


「忙中閑あり」の間は個室として利用できる


同じ敷地内に建てられた結婚式用のチャペル